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東京地方裁判所 昭和56年(刑わ)2593号 判決 1982年2月02日

被告人 横山賢

昭二七・九・二三生 無職

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中八〇日を右の刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和四六年四月東京大学教養学部理科一類に入学してまもなく学生運動にかかわるようになり、昭和四九年ごろから、革命的労働者協会(略称「革労協」)のいわゆる軍事組織で活動し、昭和五二年ごろからは右革労協の組織活動に携わつていたところ、昭和五三年ごろ革労協内部において対立が生じ、被告人は内部糾弾闘争派(内糾派)に属して組織活動を継続し、昭和五五年秋には内糾派指導部直属の反内糾派対策部門の専従者となり、その事実上の責任者として、内糾派の指導部の方針に従い、反内糾派の分派的活動に関する調査活動を行うとともに、必要に応じ反内糾派の活動を妨害し、あるいは同派の主要構成員らを襲撃することによりそのような活動の抑止を図る任務に従事していた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  反内糾派の分派活動に使用する機関紙の印刷を妨害するために、これらの文書の印刷を引き受けていた印刷会社の印刷機等を損壊することを企て、ほか数名の者と共謀のうえ、

一  昭和五六年四月二九日午前三時ころ、東京都新宿区山吹町二一五番地室谷栄一方敷地内において、同人方建物外壁に取り付けられていた日本電信電話公社牛込電話局局長田沼昇管理にかかる電話線二本(二回線)を刃物のようなものを用いて切断して通話を不能にし、もつて有線電気通信設備を損壊して有線電気通信を妨害し、

二  前同日同時刻ころ、右室谷方建物一階に所在する有限会社晃和印刷の印刷機等を損壊する目的をもつて、同建物一階の窓から同社代表取締役福嶋良生管理にかかる同社事務室兼印刷所内に立ち入り、もつて故なく人の看守する建造物に侵入したうえ、同所において、ほか一名と共同して、同社所有にかかる印刷機二台のインクローラー部分等に生セメントを塗りつけ、エアホース、電源コード等を刃物ようのもので切断し、写植機一台のレンズ部分、和文タイプライターの印字部分等に接着剤を塗りつけるなどして、それらの使用を不能ならしめ、もつて数人共同して器物を損壊し、

第二  その後、反内糾派の分派活動が顕著となつたため、その指導者の一人である伊東恒夫を襲撃して私的制裁を加えることを計画し、反内糾派対策部門の構成員らにおいて、同人の行動を綿密に調査した結果、夜間同人の住居に侵入して襲撃することになつたが、同人の居住するアパートの近くには夜間明け方に至るまで屋台による飲食店の営業が行われており、犯行を目撃され妨害されるおそれがあつたので、その障害を除去するために屋台を窃取することを企て、ほか数名の者と共謀のうえ、

一  同年八月二〇日午前一〇時ころ、東京都目黒区中央町二丁目二四番一号目黒区立唐ヶ崎児童遊園南側路上において、桜井たか所有にかかる屋台二台及びこれに積載されていたガスコンロ、ステンレス製ずんどう、飲食物などの合計約一二〇点(屋台の時価合計四〇万円位、その他の物品の時価合計一三万円位)を窃取し、

二  同月三〇日午後一時三〇分ころ、前記唐ヶ崎児童遊園南側路上において、前記桜井所有にかかる屋台一台及びこれに積載されていたガスコンロ、ステンレス製ずんどう、飲食物など合計約九五点(屋台の時価二〇万円位、その他の物品の時価合計七万円位)を窃取し、

第三  右記載のとおり伊東恒夫を襲撃することを企て、ほか一〇名位の者と共謀のうえ、

一  同年九月一日午前四時一五分ころ、東京都目黒区目黒本町一丁目一四番一号都営清水第二アパート五階廊下及び同アパート前路上において、日本電信電話公社目黒電報電話局局長塩井只雄管理にかかる屋内引込み用電話線六本(六回線)及び放三支線四七号電柱上の電話架空ケーブル四本(合計一二〇〇回線)を刃物ようのものを用いて切断して通話を不能にし、もつて有線電気通信設備を損壊して有線電気通信を妨害し、

二  前同日同時刻ころ、伊東恒夫(当三二年)に傷害を負わせる目的で、右都営清水第二アパート五階五〇七号室伊東さえ子方住居の台所窓ガラスを破壊するなどして、同室内に乱入し、もつて故なく他人の住居に侵入したうえ、同所において、右伊東恒夫に対し、その身体を所携の鉄パイプ、ハンマーなどをもつて多数回にわたり殴打する暴行を加え、よつて同人に全治約二か月間を要する腰部・背部挫傷、右第二中手骨・左上腕骨・左下腿腓骨骨折、左上腕・左下腿・右下腿挫創などの傷害を負わせ、

三  さらに、前同日同時刻ごろ、右アパート五階廊下において、被告人らの右犯行を制止しようとした徳田雅甫(当三五年)に対し、その後頭部を所携のバールで殴打するなどの暴行を加え、よつて同人に全治約一週間を要する後頭部挫創の傷害を負わせ、

第四  反内糾派の構成員原裕を襲撃して同様の私的制裁を加える準備として、同人が自宅に帰宅しているか否かを偵察するため、内糾派の氏名不詳者一名と共に、同年九月一四日午前零時四五分ごろ、同都小平市小川西町二、四三五番地右原裕方付近に赴いた際、右氏名不詳者と共謀のうえ、右偵察の目的で、同人において、周囲を塀により囲まれた右原裕方住居西側の高さ約九〇センチメートルのコンクリート万年塀の北端手前付近に登り、同所付近から、同人方の北側に隣接する前同番地所在の同じく周囲を塀により囲まれた田中忠松方住居敷地との境界上またはこれに接して構築されている高さ約一メートルのブロツク塀(幅約一〇センチメートル)の上へ、右原方の敷地の北西隅の上方を斜めに横切つて移動し、さらに、右ブロツク塀の上を田中忠松方住宅のひさしにつかまるなどしながらつたい歩くなどし、もつて、周囲を塀により囲まれている右原裕方及び田中忠松方各住居の敷地に故なく侵入したものである。

(証拠の標目)(略)

なお、判示第四の事実中原方と田中方の各敷地の間に設置されたブロツク塀の上をつたい歩く行為が、それぞれの住居に侵入したものとして二個の住居侵入罪を構成するか否かについて検討するのに、前掲の司法警察員作成の昭和五六年九月一六日付実況見分調書、同月二〇日付写真撮影報告書、同月二四日付捜査報告書並びに山崎惣八及び田中忠松の司法警察員に対する各供述調書を総合すれば、右ブロツク塀は、公道、空地等外部から右ブロツク塀の上に立ち入るには一旦別の塀を乗り越えるか、あるいはいずれかの囲繞地を通過しない限り、決して立ち入ることができない場所に設置されており、換言すれば、右ブロツク塀が存在しなくてもこれら二個の住居の敷地は全体として囲繞地としての性質を失わず、右ブロツク塀の設置されている敷地部分も当然にその囲繞地の一部となる関係にあること、また、右ブロツク塀の幅は約一〇センチメートル、すなわち、片足の靴幅程度しかなく、しかもそれは、原方家屋とは約八〇センチメートル、田中方家屋とは約七〇センチメートルしか離れていない、近接した位置に設置されていること、さらに、判示の氏名不詳者は境界より約三〇センチメートルの位置まで突き出ている田中方のひさしにつかまりながら歩行した状況もあること、そして、右ブロツク塀は双方の敷地の境界線上あるいはその北側が境界線に接する位置に構築されていることをそれぞれ認めることができる。以上の事実関係の下では、右ブロツク塀の上をつたい歩く行為は、囲繞地としての性質を有する双方の住居のそれぞれの敷地内に必然的に立ち入る行為にあたるというべきであるから、二個の住居侵入罪(既遂)を構成し、これらは観念的競合の関係に立つと解するのが相当である。

(法令の適用)

判示第一の一及び同第三の一の各行為は、それぞれ有線電気通信法二一条、刑法六〇条に、判示第一の二の所為中建造物侵入の点、同第三の二の所為中住居侵入の点及び同第四の所為中各住居侵入の点は、いずれも刑法一三〇条前段、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第一の二の所為中数人共同して器物を損壊した点は、暴力行為等処罰に関する法律一条(刑法二六一条)、刑法六〇条、罰金等臨時措置法三条一項二号に、判示第二の各所為は、いずれも刑法二三五条、六〇条に、判示第三の二の所為中傷害の点及び同三の所為は、いずれも刑法二〇四条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、判示第一の二の建造物侵入と数人共同による器物損壊(暴力行為等処罰に関する法律違反)との間、及び判示第三の二の住居侵入と傷害との間には、それぞれ手段、結果の関係にあるから刑法五四条一項後段、一〇条により、また、判示第四については一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから同法五四条一項前段、一〇条により、それぞれ一罪として、判示第一の二については犯情の重い暴力行為等処罰に関する法律違反の罪の刑、同第三の二については重い傷害罪の刑(懲役刑又は罰金刑)、同第四については犯情の重いと認める原方に対する住居侵入罪の刑によりそれぞれ処断することにし、判示第二の各罪を除くその余の各罪につき、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑期、犯情とも最も重いと認める判示第三の二の罪の刑(傷害罪の懲役刑)に法定の加重をした刑期範囲内で、被告人を懲役二年に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中八〇日を右の刑に算入することにする。

(量刑の理由)

被告人の本件各犯行は、いずれもその所属する革労協内部の対立抗争に関連し、あるいはそれに付随して犯されたものであるところ、これらは、右の対立抗争を暴力的手段により解決しようとする考え方に立つ、目的実現のためには手段を選ばない行為であつて、動機の点においても許し難いものといわなければならず、犯行自体も、極めて綿密、周到な調査、計画に基づいて行われた非情な行為であり、また、その結果も重大であつて、単に革労協内部の者に重大な危害を加えたにとどまらず、これらの組織とは全く無関係な一般市民をも巻添えにし、また市民生活の平穏を害した面も決して軽視できない。

そのうえ、被告人は、革労協指導部の方針と承認の下に、本件各犯行の計画及び実行を担当する責任者としての地位にあつて、いずれも主導的役割を果たしたものであり、これらの犯行に関与した者の中で被告人は最も重い責任を負う者に属することが明らかである。また、本件の被害者に対する弁償等被害回復の措置や慰藉の方法も講じられていない。

しかし、被告人は、逮捕された後、取調べの過程において、これまでの自己の生活と行動を振り返り、その非に思い至つて、今後このような非合法活動からきつぱりと手を切る決意をし、事実をすべて認め、潔くこれらの行為の責任をとる心境にあり、その中で、新たな人生を歩むべく今後の生活のあり方を模索している状況にあると認められ、この点は被告人に対する量刑にあたつて利益に考慮すべきではあるが、本件の一連の犯行が悪質かつ重大であり、またその中で被告人が果たした役割等に徴すれば、その責任はまことに重いのであつて、新たな人生を歩むに先立ち、まず刑に服せしめてその罪の償いをさせることにするのが相当であると認め、主文の刑に処することにする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小出[金享]一)

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